昭和三十年代以降、法規制や社会情勢が変化し、茶屋街に後継者不足という問題が持ち上がっていました。
昭和五十七年十一月十日、芸妓組合としては全国で四番目の「金沢伝統芸能振興協同組合」が設立されました。市内のひがし・にし・主計の三つの茶屋街を一本化し、伝統芸能の保存と振興を図るとともに、芸妓の退職金や年金の創設を目的としたものである。
そうした中、最近は大学、短大卒の芸妓も増え、伝統の茶屋街にも新しい風が吹き込んでいます。
大学は出たものの本当にやりたいことが見つからない、企業に勤めたが何かもの足りない。
そんな葛藤を経て彼女たちは、花街を"職場"に選んだ。
芸という特殊技能で身を立てる「自立した女性」として芸妓にあこがれたという。