主計町茶屋街


金澤の芸妓

金沢の茶屋街の歴史は古く、文政3年(1820年)、12代藩主・前田斉広(なりなが)の頃、正式に茶屋町の町割りができました。 現在、金沢に残る茶屋街は3つあり、それぞれが今も昔のおもかげを残し、まるで時代をタイムスリップしたかのような印象を受けます。

ここでは、現在も残る金沢の茶屋街の紹介をいたします。

茶屋街の紹介

城下町金沢にしっとりとけ込む「ひがし」「にし」「主計町」の花街。黒瓦に出格子の茶屋が軒を連ね、夕方ともなれば艶やかな三味や太鼓の音が流れ、"雅"と"粋"の世界に華やぐ。

ひがし茶屋街

金沢城の北東に位置する「ひがし茶屋街」は、前田家が城下の守りを固める目的で集めた「卯辰山寺院群」と女川で親しまれる浅野川の間にある。
文献によると文政三年(1820)に茶屋街がつくられたと記されている。

藩公認の茶屋街にふさわしい格式と伝統を受け継ぎ、その風雅なたたずまいは、京都・祇園新橋と並んで国の伝統的建造物群保存地区に指定されるほど。

現在、営業中の茶屋は八軒あり、芸妓は十四人。
お座敷は「一見さんお断り」が原則だが、バーを併設する茶屋もあり、こちらは気軽に入ることが出来る。

金沢でも人気の観光スポットとあって、界隈には伝統建築を生かした食事処や和風カフェ、ショップなどが多数点在し、多くの観光客でにぎわう。

ひがし茶屋街

にし茶屋街

金沢城の南西に位置する「にし茶屋街」も、城下の南を流れる犀川の外に防衛戦略上、集めた「寺町寺院群」からほど近い場所にある。
やはり文政ごろに茶屋街ができ、明治以降も歓楽街としてにぎわった。

大正期の大ベストセラーとなった『地上』の作家・島田清次郎が幼少期に住んだことでも知られ、ひがし茶屋街と同様、出格子の美しい茶屋が続く。

現在、営業中の茶屋は五軒。
芸妓は二十二人と三茶屋街の中で最も多く、若さと活気に満ちている。
また、バーを設置した茶屋では、常連に交じって楽しむ観光客の姿が見られる

北陸随一のネオン街・片町や、寺町寺院群などの観光スポットに近いのも魅力のひとつとなっている。

にし茶屋街

主計町茶屋街

「主計町茶屋街」は、大正ロマン漂う浅野川大橋(国登録有形文化財)から下流の左岸にあり、歴史は明治二年(1869)にさかのぼる。

町の名は、加賀藩士富田(とだ)主計(かずえ)の邸宅があったことに由来する。

現在、営業中の茶屋は四軒あり、芸妓は十二人。
三茶屋街の中で一番こじんまりした印象だが、芸道にかける意気込みは熱く、厳しい稽古に打ち込んでいる

河畔にあり、金沢らしい街並みならここからの眺望がおすすめだ。
また、街頭の火と格子戸から漏れる光で、ほの明るく照らされた茶屋街の風情も格別。
宮藤官九郎が脚本を手がけた映画『舞妓Haaaan!!!』(07年6月公開)のロケ地にもなっている。

主計町茶屋街